今日ももいちど、よっこらしょ

知的財産界隈で生息しています。地味に派手に面白い仕事だと思っています。

心の平静について

ここ数か月、人からの圧により心がざわざわとすることが続きました。

3回、そうした機会がありましたが、そのうち2回は、非常に上から目線の態度で説教じみたことを言われたことがきっかけでした。

 

思い返せば、両方酔っ払いだったし、気に掛ける必要ないことなのかもしれないけれど、おそらく、核心を突いたことを言われ、自身がそれに対し、実行が不十分だと認めているから、心がざわざわしたのでしょう。

 

 また、その酔っ払い達に対し、すぐに私に言ったのと同様の欠点を見つけられたのも原因の一つです。(ちょまっ!!お、お前だって…。的な。)

 

ただ、そんな時、「教師の欠点を見つけて、上げ足をとるのではなく、確かに優れた点もあるのだからそこだけを見て、学ぶ方が良い」という、ことを思い出します。

 

彼ら彼女らの指摘には、確かに核心をつくところがあり、自分自身の改善に役立てることはできる。彼ら彼女らには、私に不十分な点があるように、不十分な点は当然ある。でも、そこをあげつらうのは自分の為にならないのだと思います。イライラするから。イライラによって体が、物理的にも蝕まれているのを最近痛感する。

 

 「誰であろうと、それほどの出費に見合う代償を払ってくれない者に私の生の一日たりとも奪い取らせはすまい。精神にはみずからに執着させ、自らを尊ばせ、みずからの与り知らぬこと、他人の審判を待たねばならぬことは何一つさせまい。また、精神には公私いずれの煩いも超越した静謐を愛させよう。」(『生の短さについて』別収録『心の平静について』p.73~p.74)

 

生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

 

 

 

↑ こういうことだと思います。

 

追記 : 上記の他にも、心理的リアクタンスと呼ばれる現象により引き起こされたことなのかもしれない。